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発達障害の人の余暇から見える「重要な視点」

『発達障害の人の余暇から見える「重要な視点」』という記事がありましたので、紹介します。

この記事を読んでの感想は、より多数の方の意見を「常識」と呼んでいるだけで、それが正しいとは限らないと思いました。また、発達障害の方も、病気というよりは「少数派」なだけであると、認識しました。ただ世間では、なかなかそのような認識ではなく「なんだか生きづらい」と思われている方々も沢山いるかと思います。ふらっぷでは、そのような方々に対して、就労移行支援だけではなく、余暇を含めた「生き続ける」ための支援も行っています。ふらっぷの職員が有志(ボランティア)で活動している、就労相談支援センター「紙ひこうき」で支援を行っています。ご興味のある方はお問い合わせください。

 

以下、記事の一部を引用。

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●発達障害の特性は重複する

発達障害には自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症、学習障害などの種類があります。自閉スペクトラム症には「対人関係が苦手」で「こだわりが強い」という特徴、また注意欠如・多動症には「うっかりミスが多い」「落ち着きがない」という特徴がみられます。

このような特徴の中でも「こだわりが強いこと」と「落ち着きがないこと」は、一見するとまじりあわないように思われますが、それらが重複して表れるケースもよくあります。私はNPO法人などで、幼児から成人まで、発達障害の方たちの余暇活動を支援しています。そこに集う方たちの活動には、一般的な交流とは違った様子がみられることがあります。例えば、アニメが好きな人たちの集いがあります。そこに参加する人の多くは、みんなで集まってアニメを見たりアニメの話をしたりして、時間になったらそれぞれに帰っていきます。趣味についてはよくしゃべりますが、それ以外の話や、それ以外の交流は別にしなくてもよいという付き合い方をしているのです。

同じアニメを好きな人同士が、そのアニメの映画を一緒に見に行くということはあります。しかし、そういう人たちが「今度一緒にお茶でもしようよ」と誘い合う姿を見ることは、それほど多くありません。その場に参加している人の多くにとって、アニメそのものを見ることや語ることが主要な目的であり、対人関係が主な目的になっていないということは、共通しているのです。

 

●会話がなくても、一緒にいれば親友

発達障害(とくに自閉スペクトラム症)の特性がある人たちの社交の仕方は、そういうスタイルだとしか言いようがありません。かといって、人が嫌いだというわけでもない。ただ、活動そのものを目的として余暇を過ごすというのが、彼ら彼女らのスタイルなのです。

そのような余暇活動の支援をしているなかで、自閉スペクトラム症の特性がある人から「親友がいる」と言われたことがあります。その親友同士は一緒に映画を見に行くのですが、映画館までの道すがらは無言だそうです。お互いに仲間だと思っていれば、別におしゃべりをしていなくても、仲間だということです。一般の人は、映画を誰かと一緒に見に行ったとき、相手がまったくしゃべらなかったら、親近感がないような印象を持ち、不安になるのではないでしょうか。会話が続かないというだけでも、相手とよい関係が築けていないと考える人もいるでしょう。でも、自閉スペクトラム症の特性がある人の中には、そのような不安を持たずに仲間と交流する人もいます。

そしてこれは、どちらがよいか悪いかという話ではなく、それぞれにスタイルがあるということなのです。通常とは違う交流ということで、「黒ひげ危機一発」で遊んだときのエピソードを紹介しましょう。

黒ひげの人形を樽の中に入れて、ひとりずつ順番にその樽に剣を刺していくというゲームをするとき、一般の人たちは「誰が刺したときに人形が飛び出すだろうか」というワクワクとドキドキの共有を楽しんでいます。一方、自閉スペクトラム症の子どもたちが、独特の遊び方をしていたことがありました。ひとりずつ順番に剣を刺すのではなく、ひとりが樽を持って剣を刺し続け、人形が飛び出したら次の子に渡すという遊び方です。

その子たちが興味を持ったのはゲームのしくみであり、ドキドキする感情をほかの子と共有することには、興味はなかったのでしょう。

実は成人たちのグループでも、参加者のひとりからルール変更の提案があり、「ひとりずつ人形が飛び出すまで剣を刺し続け、その回数の多さで競いあう」という遊び方に変わったことがありました。一般の人からみると、ひとりだけが樽を持って剣を刺し、その周りでほかの人たちがそれぞれ好きなことをしている光景は、楽しそうに見えないかもしれません。しかし、子どもたちも成人たちも、この遊び方を楽しんで、実際に子どもたちは「みんなで『黒ひげ危機一発』ゲームをして楽しかった!」と話していました。

「ひとり1本ずつ刺して、誰が人形を飛び出させるかを楽しむ」という「黒ひげ危機一発」の独特な遊び方をしているときに、ひとりだけ、「通常のやり方のほうが楽しい」と思う人がいたら、どうでしょう? そのひとりは、居心地が悪かったかもしれません。

日常の集団場面では、通常のやり方のほうが楽しいと感じて疑わない人たちが多数派を占めています。そのなかで少数派の人たちが通常とは違ったやり方を提案したとしたら、どうなるでしょう? 少しやってみて「つまらない」と不平が出て、通常のやり方に戻されてしまうのがオチです。

では、「黒ひげ危機一発」ゲームの参加者たちにみられる特性は、「通常のやり方を楽しむ能力の欠損」となるのでしょうか。

いえ、そんなことはありません。もしも、楽しみ方に優劣があると考える人がいるとすれば、それは多数派のおごりでしょう。自閉スペクトラム症の人たちの楽しみ方は、ただ少数派というだけです。

 

●特性を、対人関係の「選好性」として考えてみる

発達の特性がある人は、一般的・平均的なやり方で生活することは苦手でも、その人なりのスタイルで生活するぶんには、とくに不便はないのではないかと思えてきます。

そう考えると、発達の特性を「〜が苦手」という形で、なんらかの機能の欠損として捉えるのではなく、「〜よりも〜を優先する」という「選好性(preference)の偏り」として捉えてみるほうが、自然なのではないかとも思えます。

ここでいう「選好性」とは、Aというものではなく、Bというものを選ぼうとする生来の志向性のようなものだと考えてください。好き嫌いの「嗜好性」ではなく、心が特定の方向に向かうという「志向性」です。

例えば「雑談が苦手」という捉え方を「雑談よりも内容重視の会話をしたがる」という選好性として考え直してみると、どうでしょうか。ほかにも、「自閉スペクトラム症の特性がある人は、対人関係よりもこだわりを優先する」「注意欠如・多動症の特性がある人はじっとしていることが苦手だが、それは思い立ったらすぐに行動に移せるという長所でもある」といった具合です。

 

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引用元:東洋経済ONLINE(発達障害の人の余暇から見える「重要な視点」)